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「すき、なんです」

春色の音
宝石のような 世界
鮮やかな 記憶

それは 恋 だった




「………」
「わっわかってるんです が…」
「……わかっ」
「すみません、すみません」
「フシュー」

海堂は大きく溜め息を吐いて、相手を見つめた
華奢な躯を更に小さく納めて、俯き加減にただ、謝罪の言葉を言った
顔は会った時から赤ら顔で瞳は濡れていた

移動教室の途中、他クラスの女子に呼び止められた。声をかけてくる奴が珍しい上に女子だった為に少し身構える
ここでは、ちょっと と赤ら顔を困らせて言う彼女に仕方なく、人気のない場所までついて歩いた
階段を数段上がり、埃っぽい湿気を含んだ空気がする踊り場には人がいない
普段から通る人もいないのか、その空気が物語っていた
手間をとらす彼女に苛つきはじめた頃、彼女の柔らかい唇が 動いた

ぁ、 と小さい声だけを漏らして、瞬きも忘れて呆気ている間に考えたことなど何もなかった
ただ ぁ、 と小さく声が出ただけ
なんて情けない自分かと、脳さえ罵ることもない



「…越前くんが」
「すき、なんです」



部活の先輩だから、伝えてほしくて 彼女は申し訳なさそうにそう言った
部の先輩なら他にも沢山いる、なぜ自分かを問うと 海堂くんは誠実だから と、答えた
だから、なんだというのだろうか
呆然と彼女を見て、呆れてしまった海堂は躯から力が抜ける
誠実だから、なんだ 告白は人を通してやるものでもないだろう

「断る、テメェでやれ」
「海堂くん、」
「めんどくせぇ、ありえねぇ」

せめて、これを渡してほしい と真っ白い封筒を無理矢理自分の懐に押し付けた
手で咄嗟に払い除けようとしたが、女子の躯の柔らかさに驚いて、引いてしまう

「ごめんなさい、お願いします」



埃っぽい湿った空気が躯に纏わり付いて

気分が悪い

そう 彼女のせいなんかではなく、





越前リョーマはどうやら人気があるようだった。海堂は唸り声を上げて、数日前に桃城や菊丸が似たような事を頼まれ文句を本人へ言っていたのを思い出す
その時、越前は 心外だ と言った。 俺は関係ない、知らない、ついでに受け付ける方が悪い、でも… と、少し申し訳なさそうな顔をして 謝った
そう思うと確かに第三者として巻き込まれる方は多大なる迷惑なのだが、越前本人も 不本意 ということに少し迷惑そうだった

越前と海堂はテニスの先輩と後輩、それ以上でも以下でもなく、言葉を交わすことも必要事項のみ
本当に面倒、迷惑、極まりがない
海堂は受け取ってしまったものは仕方ない、と 重い躯を動かして、自教室に向かった
こんなに重い封筒は初めて手にした
数グラムの薄っぺらい紙が鉛のようだ
軽々しく持っていたあの女子は化け物だと海堂は罵った


海堂と越前は1日最低2度は顔を合わす。朝の練習と夕方の練習。どちらも部活動
たまに会うとすれば校舎ですれ違うぐらい
彼女に渡された手紙をひきずって、部室に入ると調度本人だけが着替えをしていた
黒い学ランを脱ぎかけたそこで、海堂と目を合わせ、小さく挨拶をしてきたので海堂も おぅ とだけ返す
いつも通りのはず、なのだが、海堂は躯に力を入れた。緊張だと直ぐにわかる
さっさと渡してしまえと思うのだが、なぜか緊張する。普段話さない相手だからなのか、手紙に篭められた想いが重いためか

「え…」
「海堂先輩」

越前、と呼ぶ前に自分の名が出て あ? と情けなく返すと溜め息を吐いて越前が海堂を見上げた。相手から渡すきっかけをくれたなら、助かったと海堂は救われた気持ちになる

「先輩、なんスか?」

さっきから睨んでますけど…

海堂は口を開けたまま、越前をただ、見た
生意気そうな大きめな目に映る自分に驚く
足を強く踏み、動かした越前の靴からキュと小気味よい音が鳴った

「くだらねぇことに巻き込むんじゃねぇ」
「……はぁ…?」

鉛の手紙を手に握ったまま、先に零れた言葉はそれだった。なぜ自分が巻き添えをくうのか。なぜ自分が緊張なんぞしなくてはならないのか

鞄から鉛の手紙を取り出して、越前に投げてやった

「二度あったら許さねぇぞ、このタコ」
「…なんすか、これ」

受け取った鉛をペラペラと軽々しく手にして、裏表とひっくり返している
大きくため息を吐き出し、

「手紙、だ。女からのな」

よかったじゃねぇか、今度は巻き込むな

海堂は低く唸り声をあげて苛々して見せた
越前は呆気にとられたように、手紙を両手で握る
やっと使命を果たした海堂は重荷が降りた感に安泰した。鞄が軽い

「いらない」
「あ?」
「こんな紙っきれいらない」

膨れた顔を見せながら、越前は海堂を睨んでいる
海堂は堪らず、肩を落とした

要るのか要らないのかは海堂にとったら知ったことではない
その鉛をどうしようが、関係ない。渡してくれと頼まれただけで、恋のキューピッドになってくれなど言われた覚えはない

「そうか」

さして興味なく海堂は自分の着替えをはじめた。越前が自分を見る視線を無視する。もう関わりたくない故の無視だった

「ねぇ、どんな子だったんすか?」
「………」

無視していたが、そう聞かれると唇が勝手に動いた
2年の他クラスの女子だ、あとは知らねぇ と、答えると越前は溜息をついた
その姿に何故か、海堂の心臓はさわいだ
あんなに重い、鉛のようなその手紙を何通も何通も手にし、読む事はどれほどのものだろうか

「捨てんじゃねぇぞ」
「………」
「っテメ!そのつもりだったのか?!」
「…だって要らないっすよ」
「フシュー」

確かにそうだろう。こういった場合、読んだ後は捨てるべきなのか…
とっておくのもどうなのだろう
海堂は鉛を見ながら、鉛よりも重い気がして背筋がぞっとした
それを見越してか、越前は薄く笑う

「ね、迷惑っすよね」
「……」

好きだ、と伝える事は良いことだと思う
しかし、越前の立場はあまりに微妙すぎた

「…迷惑、か」
「……俺は冷たいっスかね」

苦笑した越前を前に海堂は変な事柄を頭に置いて考えた

好きな相手に 好きだ、と伝える。しかし悲しいことに相手は自分のことを好きではなかった
むしろ、迷惑だと言う。渡した手紙すら捨てられる

逆に、

好きではない相手に 好きだ、と言われ、鉛より重い手紙すら渡され
それをどうすることもできずに、ただ立ち尽くす
もちろん好きではないので、好きではないと答えなくてはならない



ああ、



「……冷たいかどうかは知らねぇが…」
「まぁ、ね」
「……かなしいこと、だな」
「え」

海堂はハッとして自分の唇を疑った。疑いようも無く、確実に音と為って越前に伝わっている。越前が海堂を不思議そうに、見た

「かなしい?どーゆー意味っスか」
「ど、どうもねぇよ」
「でも、かなしいって言いましたよね」
「言ったが言ってねぇ」
「それ、どっち」

ふっ、と眉を下げて越前は薄く笑った
越前は海堂に背中を向け、自分の鞄に手を伸ばして鉛を鞄に詰め込んだ
海堂が何か言わなければ、捨てられる運命に在った鉛は、越前の鞄に入り込むことができた。海堂は、その時に 狡い と感じた

自分がいなければ、読まれたのかどうかも怪しい。そのまま捨てられたであろう、何でもない鉛
越前はそんな、鉛を数十枚と、もしかするともっと手にしているかもしれない

「おい、」
「なんスか?あぁ、海堂先輩が言うから、とりあえず持って帰るよ」

安心して


越前は背中を向けたまま、鞄を触り続けている
海堂は、焦った
今まで手にした鉛を読まずに捨てたり、受け取らなかった越前が自分という作用によって、動いた
自惚れや云々ではなく、そう成ると困る
ただ、困る
越前の人生やあの女子の人生に小さからず左右する鉛を海堂の一言二言で動かれると、少し責任を感じた

重い、鉛なんてものじゃない
なんであんな物を受けてしまったのか、海堂は再度後悔した

「お、おい」
「…なんスか、もう」
「あれだ、テメェはテメェの意思を」
「…………はぁ…」
「テメェの意思で行動すればいいだけで」

そこまで海堂が言った時、越前は吹き出すようにして笑った
生意気なルーキーと呼ばれているあの越前が、腹が痛い と笑い転げる様は12歳だった
いつもと違った越前の態度に、海堂はただうろたえる

「っ、ふ…うん、うん」
「笑ってんじゃねぇぞ!」
「だ、だって…」
「っクソ……」

情けない事を言ってしまった、と海堂は後悔をして、頭の後頭部を右手で乱暴に掻きむしった
息を吐いて、落ち着いた越前が渡した鉛のような手紙をもう一度手にした

「返してくるよ、これ」
「あぁ?」
「それがいいっショ」

めんどくさいけど、ね

手紙の中を見れば名前くらい書いてあるだろう。名前だけ確認して、明日返す と越前は海堂に言った

「もう受け取らないでよね」
「っつ…そ、それはテメェが…!!」

俯く目を遠くに馳せてから、越前は海堂に

謝った






ごめん、ね









春の夕日は明るく赤く、そして眩しく金にさえ見え、とても清々しい風と共にやってくる
部活を終えて、海堂は一人帰路についていた
呆然とただ、いつもと変わらぬ帰り道を一人で歩く
今日の部活での自分のテニス練習を思い出し、明日はどうするか、これからはこうすべきではないか、帰ったら夜に走りに出よう、距離は昨日走った距離より長めにしよう
そんなかわらぬ事柄を巡らせながら

鉛のような手紙と、顔すらもう忘れて仕舞った女子と、後輩を頭の地平線に並べた

手紙はヒラヒラと空を舞って、落ちてゆくが、底などなく
どんどんと下へ落ちる



「すき、なんです」

そう告げた、あの女子と後輩の越前は明日出会うのだろう

あの女子は越前の呼び出しに期待する気持ちを隠せなく、白い肌を朱く染める
後輩の越前はなんと、告げるのか

途端に背筋を誰彼に撫でられたような悪寒が走った
粟立つ肌に、春の癖に寒さを感じる気温を、有り得ない と両腕を摩った








海堂は立ち止まり、帰路から外れた道を選択して、普段使わない道に足を動かした

言いたい事があった
目を伏せた、長めの睫毛が揺れた事を知って仕舞ったから



悪くはないんじゃないか、と


誰も、謝ることなど ないんじゃないか、と





“ ごめん、ね ”






春色の音
宝石のような 世界
鮮やかな 記憶






ねがわくば、この 想い が
 恋 にかわりませんように







END





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